2023年5月にスタートした「オレンジページの学校」。これまでに培ってきたレシピづくりのノウハウや料理家とのつながりを最大限に活かしたこの新しい学びの場は、雑誌『オレンジページ』の定期購読の販売管理を行う富士山マガジンサービスとの協働により生まれました。立ち上げにいたった経緯から、出版業界が今後担っていくべき役割まで、富士山マガジンサービスの代表取締役社長・神谷アントニオさんとオレンジページの学校の開発ディレクターを務める戸谷忠史さん、そしてオレンジページの代表取締役社長・立石貴己とオレンジページの学校のプロデューサー・泉 勝彦が語ります。
身近な存在だった富士山マガジンサービスがパートナーに
―オレンジページの学校を立ち上げるにあたり、富士山マガジンサービスさんにお声がけをしたきっかけを教えてください。
泉 勝彦(以下「泉」):いくつかのポイントがあるのですが、当社側の状況でいうと、なかなか新規事業が生まれずに苦しんでいた理由のひとつが、そもそも社内にITの組織がなく、人員もいなかったことでした。私は新規事業の、いわゆるDX的な担当としてジョインしたので、そこをまずどうしようかなと考えたんです。「人がいないからまずはチームをつくりましょう」と提案することもできるし、外部の方の力をお借りしたり、ありもののサーズを使ったりして、小さくてもモノを先につくる選択肢もあります。両者を比較し、スモールスタートでよりスピーディに進められる後者のほうがいいと判断しました。
検討を進めるうちに、プラットフォームとなるWEBサイトや動画をアーカイブしておく場所、オンラインで講座を行う場所、電子書籍のビューワーなどが必要になり、さらに有料でサービスを提供するために会員登録やクレジットカード決済が外せない要件となりました。
それらを満たすために、既存のサーズをいくつか組み合わせる、どこかに依頼してつくるなど、いろいろ検討しているうちに、『オレンジページ』の定期販売のパートナーとして身近な存在だった富士山マガジンサービスさんが、それらの環境を持っていることに気づいたんです。
戸谷忠史さん(以下「戸谷さん」):当社では『オレンジページ』の定期購読の販売管理のほかにも、WEBメディア「オレンジページnet」のシステムを提供していたので、話を進めやすかったですね。
泉:具体的なところでいうと、定期購読者向けのメールニュースとオレンジページの学校のメールニュースは富士山マガジンサービスさんの同じプラットフォーム上で管理しているので、メールマーケティングがすごくやりやすいです。メールニュースや会員登録にまつわるシステムを事業会社が販売提供するのってすごく大変なので、そういった面でもすごく助かっています。
神谷アントニオさん(以下「神谷さん」):今後は『オレンジページ』を定期購読している人たちがどれくらいオレンジページの学校に参加しているのか、反対にオレンジページの学校の会員の何割が定期購読しているのかなど、ユーザーを一元管理していくことで分析も解像度を上げていけるのではないかと思います。
読者による“プチ出版”をサポートする
―立石さんとしては、出版業界のこれからについてどう考えますか?
立石貴己(以下「立石」):まず、この機会にぜひ神谷さんにお伺いしたいと思ったのが、音楽はCDからデジタル配信へとうまくシフトした一方で、雑誌が紙から電子書籍へとシフトしきれない原因はどのあたりにあるのかなと。どの部分がつまずいていると考えますか?
神谷さん:音楽だと、たとえばアーティスト側からすると、アルバムは曲順も大事ですよね。でも多くのリスナーはそこにこだわらなくなった。その結果、1曲ずつを切り出して自分でプレイリストをつくれるSpotifyなどのサービスが支持され、デジタルにうまくシフトしました。
一方で雑誌は、出版社が出したい状態でパッケージされたレイアウトのなかに情報がつまっているわけじゃないですか。それが分解されて切り出され、情報として流れていくことに出版側は不安を覚えます。でも読者は切り出された記事ひとつだけでいい。つまり、出版社が発信したいかたちと、読者が求めるかたちのギャップが大きなネックになったのだろうと思います。
戸谷さん:アルバム形式の出版ではなく、シングル形式の出版が求められていたけれど、そこに追いついていけなかったということですね。
神谷さん:情報というものにいま新たに求められている価値は、「自分の発信を助けてくれる」こと。ゼロからテキストや記事を書くのではなく、誰かが書いたことをリポストして「いいね」をするだけで、それが価値になるんです。そんなふうに、読者による“プチ出版”に我々がどう箔をつけてサポートしてあげるかが鍵になると思います。
オレンジページの学校もまさにそのひとつで、たとえば「私は麻婆豆腐のプロだ」と言いたい人が、いろいろ試した結果このレシピが一番なんだと言うことを支えるために、我々は信用に足る情報を引用できるようにすることでサポートする。そこにちゃんと、「これはオレンジページから得られた情報だよ」ということを証明できるテクノロジーがあって、価値あるブランドとして認識できる形で提供してあげられるといいなと思います。
立石:そうですね、ユーザーがコンテンツを発信することに対し、いかにオーサーとして情報をつくっていくかというところは、まさにオレンジページの学校が目指しているところです。泉の嗅覚をもとに始めたことが、いま世の中に求められていることにしっかりと合致しているとあらためて確認できてよかったです。
オレンジページはダイエーのチラシにレシピを載せたことが起源になっていますが、最初はレシピを発信することの意味を、社内で明確には持っていなかったと思うんです。でも昨今、レシピを世間に発信する私たちの価値ってなんだろう?というところまで遡って考えたときに、レシピは人を幸せにするための情報なんだなと気づきました。お料理をつくることは自分や誰かを幸せにすることであり、レシピを発信することは社会の幸せにつながる。そうとらえ直し、「ウェルビーイング」という言葉を会社のパーパスのなかにあらためて入れたりもしましたね。神谷さんが先ほど雑誌が持つ社会的な意義や価値を語ってくださいましたが、自分たちがやっていることを自ら問い直し、言語化することは正しかったんだなと感じることができました。
一緒に所有したくなるコンテンツをつくっていきたい
―オレンジページの学校の、今後の展望について教えてください。
泉:まだスタートしたばかりで手探り状態ですが、幸いにも無料会員の獲得はいいペースで進むようになってきました。なのでもう1段階、このコンテンツで正解なんだという確証をつかめたら、スピードも上げていけるかと思います。
神谷さん:音楽業界でたとえると、雑誌はボックスセットなんじゃないですか。配信サービスがこれだけ広まったいまでも、ボックスセットが売られているのは、中に入っている小冊子やジャケットでつくり手の気持ちがより感じられるからです。アーティストを好きになる工程のどこかで、その人にリターンしてあげたい気持ちが生まれていて、そういうときに高いボックスセットを買っちゃうわけですよ。
デジタルな情報は消去できてしまいますが、ボックスセットや紙などの物理的なものは自分のもの。数は減っていくとは思いますが、保持したい想いは今後逆に増していくのではないでしょうか。
立石:所有する満足って絶対にありますよね。多くの人が、個々の記事を自分の“プチ出版”のために見るというのは、すごくわかりやすい社会ニーズの変化。好きな漫画は単行本で揃えたりするように、所有したくなるコンテンツにまとめあげるまでプレイリストが魅力的になれば、一定の層が買ってくれると思います。富士山マガジンサービスさんをはじめとしたパートナーのみなさんと一緒に、オレンジページの学校を通してそういうものをつくっていきたいとあらためて思いました。
オレンジページの学校
https://school.orangepage.net/