オレンジページは、ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス株式会社(以下「U.S.M.H」)の社内人材育成プログラム「リテールシェフアカデミー(以下「RCA」)」の企画・運営に携わっています。傘下のスーパーマーケットで働くスタッフを対象とし、調理の知識やスキルを習得するRCA。商品を売るだけではない、“情報を価値に換える”という新しい売り場づくりに貢献しています。
今回話を聞いたのは、企画・運営統括責任者であるU.S.M.Hの矢口宏樹さんと、企画提案・運営担当責任者を務めるオレンジページの比留間深雪、レシピ提案・運営・講師を担当しているオレンジページの田村美奈。RCAの会場のひとつにもなっているオレンジページの体験型スタジオ「コトラボ阿佐ヶ谷」で、企画立案の経緯や研修で大切にしていることについて語ってもらいました。
陳列や商品ラインナップに変化をもたらす、調理の知識とスキル
―まずはRCAの概要について教えてください。
矢口宏樹さん(以下「矢口さん」):RCAは、U.S.M.H傘下のマルエツ、カスミ、マックスバリュ関東の従業員を対象にした、スーパーマーケットの販売力、商品力を高めるための研修です。調理の基礎を学ぶ講座を1クール6カ月・16名で実施。全12回のうちの7回にオレンジページさんに携わっていただいています。2021年から始め、いまは7期目に入りました。
講師には調理師の専門学校の先生やプロのシェフ、著名な料理研究家、そしてオレンジページの方をお迎えし、研修の最後には集大成としてオリジナルレシピを作成。それを実際につくって講師の方や当社のメンバーに振る舞ってもらいます。

比留間深雪(以下「比留間」):オレンジページが担当している回では、魚のおろし方と魚料理、肉料理、食材の組み合わせ、調味料について教えるほか、『オレンジページ』の誌面でもおなじみの料理研究家、藤井恵さんに習う献立・段取り術なども実施しています。どの回も後日振り返りテストを行い、個別にアドバイスもしています。
―RCAはどのような経緯で立ち上げたのでしょうか?
矢口さん:世の中のスーパーマーケットが飽和状態にあるなかで、他店との差別化が難しいという課題を抱えていました。地域密着を掲げている我々が、いかにお客さまに選んでもらえるかを考えたときに、スタッフに調理のスキルがあれば、商品のラインナップや陳列の仕方などに変化が出るはずだと考えたんです。さらに、商品開発についてもお客さまに支持されるものにできるんじゃないかと思いました。
というのも、スーパーマーケットに来る方は、単に食材を入手するのではなく、ご自宅での食卓を想定して買い物をされるわけです。だから私たちは、食卓づくりの提案ができるようになるべきだと。食卓に料理を並べるまでのプロセスとして当然必須なのが“調理”ですが、意外と調理の知識やスキルがないよねという話になったんです。
私も店舗勤務が長かったので実感としてあるのですが、有益な知識って誰かに話したくなるんですよね。なので逆に、RCAでそれらを身につけることで、お客さまとつながりを持とうという行動変容につながると考えました。あらゆるもののデジタル化が進む昨今ですが、小売業は売り場から人がいなくなるところまではいっていません。地域密着を掲げるうえでは、やはりお客さまといかにつながれるかが鍵になる。だからこそRCAを通して、お客さまに話したくてしょうがなくなるくらい、いろいろなことを学んでもらえたらいいなと思っています。

―オレンジページが携わっている講座はどのような特徴を持っていると感じますか?
矢口さん:RCAを立ち上げた当初から、楽しく学べるものにしたいというのが一番にありました。RCAで学べるのは調理のほんの一部分にすぎないので、修了後もさらに学び続けてもらう必要がある。そのためには、楽しさやワクワク感が重要だと考えたんです。オレンジページさんに携わっていただいている講座では、特にそれを実現できていると感じます。
―講師と受講生は、師弟のようではなくフレンドリーな関係性なのでしょうか?
矢口さん:そうですね、要はゆるい感じです(笑)。
比留間:(笑)。そういう関係性は、オレンジページが長年読者と築いてきた関係性に似ている気がしますね。講座の内容は私たちがずっとつくってきた料理の雑誌や書籍の内容を活かして組み立てていったので、それを実際に、目の前にいるみなさんに教えたときにすごくワクワクしたのを覚えています。
ただ、私たちは最初からスーパーマーケットについて深く理解していたわけではないので、U.S.M.Hさんのいろんなスーパーに足を運んでリサーチを重ねて。現場にはどんな人たちがいて、その方たちがなにを学びたいのかなどをしつこく聞かせていただきました。

メディアの強みを活かし、食のトレンドも取り入れた講座づくり
―どのような方がRCAを受講しているのでしょうか。
矢口さん:RCAは当社のほかの研修と違って、参加者を公募で募っています。社員、パートさん、アルバイトさんと、職位に関係なく誰でも参加できるようにしていて、特にパートさんの参加が増えてきています。ふだん学ぶ機会があまりないこともあって、すごく熱心なんです。質問も多いし、テキストもしっかりと読み込んできてくれる印象があります。
受講生のなかには食育に携わっているような専門知識がある人もいますし、いままで包丁を持ったことがほとんどないという人も多くいます。また年齢層も幅広く、いま研修を受けている7期生も、20代前半から60代までさまざま。『オレンジページ』の読者にも多様な属性の方がいらっしゃると思うので、そういう意味でもオレンジページさんは適任だと考えています。
―受講生の反応はいかがでしょうか?
矢口さん:よく聞くのが、家での食生活が変わった、改善されたということです。今日の講座に参加した男性からは、「ふだんは家でまったく料理をしないけど、今日の(料理家の)藤井恵先生の講座は非常にためになった」という感想がありました。
現場ではというと、セクションや店の状況によってさまざまな声があります。試食を提供するようなポジションにいる人はお客さまに知識を伝えやすく、研修での学びを発揮しやすい。一方で、作業場や厨房に入る業務を担当している人だとそうした機会が少ないので、そこは課題のひとつではあるんですが、お客さまと関わるシーンではなく、売り場での陳列のしかたや惣菜の盛りつけ方などに学びが活きていると聞いています。

田村美奈(以下「田村」):今日の講座でも質問がいくつも出て、得た知識やスキルをしっかりと自分のものにしよう、講師の言うことを全部吸収しようという、みなさんの心意気が感じられました。その熱意が、回を重ねるごとに増していく様子を見ているとうれしくなります。
比留間:研修で学んだことを取り入れて売り場をつくり、写真を撮って送ってくださった方もいました。ほかにも鮮魚売り場の方で、おすすめの食べ方を書いたPOPを作ってくれたことがあり、「活かしてくれてる!」とみんなでよろこびましたね。
―田村さんは講師も務めているということですが、教えるうえで大切にしていることはありますか?
田村:基本的な知識やスキルをテキスト通りに丁寧に教えるだけでなく、メディアの強みを活かしてトレンドの食材や調味料を取り入れるようにしています。「いま流行っている料理はこれで、こうアレンジしたらおいしかった」と伝えたり、食材同士の意外な組み合わせも伝えていますね。そうすることで、料理をつくる楽しさを実感していただき、家でも実践してもらえたらと考えています。

まずはしっかりと継続し、大きなアカデミーにしていきたい
―RCAを一緒につくり上げるなか、オレンジページへの評価はいかがですか?
矢口さん:最初にオレンジページさんにお話を持っていったときは、まだ企画もぼんやりしていました。その後やり取りを重ねるうちに内容がどんどん研ぎ澄まされていき、形になっていった。おそらくそのやり取りって、オレンジページさんじゃなかったら成り立たなかったと思うんです。我々の足りないところを問題提起してくれたり、可視化して企画に反映してくれたり。企画を立てるところから伴走していただいているので、本当にオレンジページさんのおかげでここまで来られたという感覚です。
―研修を通じて、オレンジページとしてもいろいろな知見を広げることにつながりそうですね。
田村:毎回たくさんの学びがあります。料理の仕事をしていると当たり前になってしまっていることもあるので、受講生と接するなかで「そうなのか!」と気づくこともしょっちゅう。たとえば、講師の先生がほうれん草をサッと茹でているのを見て、「家ではいつもくたくたになるまで茹でていました」と言った方がいて。私たちはサッと茹でるのが当たり前になっているけれど、そうではない人もたくさんいるのかもしれないと気づきました。受講生は知識を得て、私たちは気づきを得られる。そんなふうに、お互いに相乗効果でハッピーになれるシーンがたくさんあります。

比留間:魚のおろし方も、ふだんから慣れている鮮魚担当の方に教えると「私は少し違うやり方をしています」と反対に教えてくれることもあって。そういった、料理本には載っていない、現場で働いている方ならではの知恵も知識として積み重ねられますし、答えがひとつではないところも料理のおもしろさだと感じました。
―RCAは現在7期目を迎えたということですが、長く継続されている理由はどのようなところにあるのでしょうか?
矢口さん:当社には、たとえば魚をさばくための技術研修もあったのですが、それって商品のクオリティを平準化するためのものなんですよね。でも、切り身を同じ長さや厚さに揃えられることと、その長さや厚さが調理に最適かどうかはまた別なんです。お客さまは家で料理をして食卓で召し上がるわけなので、それに適した素材を提供しないといけない。RCAはそのための知識を身につける機会で、少しずつ成功事例が出てきているので、継続的に実施する意義が大いにあると感じています。
また、当社には「Green Growers」というブランドがあり、植物性代替肉「BEYOND MEAT® 」や人工光型植物工場で栽培しているレタスなどの素材も講座に取り入れていただいています。RCAを続けることでお客さまに伝える力を養うと同時に、そうした新たな素材の先導者を育てることにもつながっています。

―今後の展望についてお聞かせください。
矢口さん:「アカデミー」を名乗るからには、もっと大きな教育プログラムにしたいですね。現在の連続講座のほかにも、パンやスイーツといったいろんなテーマで単発の講座をつくり、大学の履修のように選べる形にするのが理想です。そこで学んだ人たちが今度は講師になって講座を開けるくらい、実践的でクオリティの高いカリキュラムを、外部と連携しながらどんどん増やしていきたい。そのためには、まずは現在のRCAをしっかりと継続していくことが大切だと考えています。
比留間:私たちもそのお手伝いができたらうれしいです。また、継続することで、修了生のその後の活躍、たとえば実際に商品開発をしてこんなヒット商品を生んだというところまで伴走できたらいいなと思います。そこがゴールというか、その方のレベルアップにつながったところを一緒に見たいですね。
田村:私はふだんコトラボに常駐しているので、修了生の方に、ぜひコトラボの料理教室にご登壇いただきたいです。それが実現できたときには、全力でサポートさせていただきます!