雑誌『オレンジページ』の創刊から37年が経ち、昨年改めてコーポレートアイデンティティを見直した株式会社オレンジページ。新たな指標に向かい歩み出したオレンジページに、2022年6月に代表取締役社長として就任した立石貴己が、自社の可能性や魅力を紐解きこれからを語ります。


受け継がれてきた誠実さと実直さが築く顧客との信頼関係

—立石社長はオレンジページの代表取締役社長になるまでは、どのような事業に携わってきたのでしょうか?

立石貴己(以下「立石」):経歴を遡ると、JR東日本に入社し、まずは駅にあるレストランのフロア係からスタートして、生活サービス部門の人事や駅ナカの商業施設の管理運営などに携わってきました。また研究所にいた時期もあり、研究員として生活サービス全般のマーケティング分析などをやっていて、その頃にオレンジページと仕事をしたこともありました。あちこち異動はしていますが、主に生活サービス部門の人事とマーケティングという感じですね。それからJR東日本八王子支社の生活サービス部門の責任者になり、駅ビル・駅ナカの管理や、「沿線まるごとホテル」の会社の立ち上げなど、地域活性事業に携わりました。

—客観的な視点で見たオレンジページは、どのような印象だったのでしょう。

立石:一言でいうと、実直な会社だなと。社員もそうですし、発信している情報もとても真面目で質にこだわっているという印象です。これはオレンジページがJR東日本グループになったときから聞いていましたが、当時も今も全てのレシピを試作して掲載しています。試作にはもちろんなかなかのコストがかかるわけですが、きちんと自分たちで検証した情報しか出さないということを守っていて、今の社員にも誠実で実直な気質が引き継がれているんだろうと感じています。

—出版業界全体を俯瞰して感じるオレンジページの可能性について教えてください。

立石:出版業界ということでいうと、もはや情報はとても迅速に簡単に手に入れられる時代ですよね。ユーザーにとっての情報のコストや検索性、コンパクトさなどの面からすると、デジタルが圧倒的に優位なのは間違いないと思います。それでも、紙媒体にはデジタルにはない価値があると私は感じていて、やはり形や質量のあるものを所有したいというのが人の性なんじゃないかなと。つまり、自分にとって大切な情報ほど有形のものを選びたいだろうと考えると、紙や書籍にしかない独自の価値があると思っています。情緒的な価値観かもしれませんが、そうした人の感覚によって選んでもらう、わざわざ買ってもらうに値する情報を発信するというのが重要だと思っています。

ただ、そうは言っても、多くの人が日常的に接触するのはネットなどで気軽に得られる情報なので、出版社としてはその両方を発信し続ける必要があります。また今はものすごい数の情報が溢れていて、情報を選択することにとても疲れる時代ですよね。生活者が何を基準に情報を選んでいるかというと、自分にとって信頼できるメディアや自分が好きなブランドというのは重要な基準だと思います。だからこそ、ファンになってくれる読者やユーザーに対して誠実であり続ける姿勢はブレてはいけないし、その信頼を獲得できることが出版社としての存在の根幹となります。そういう意味で、オレンジページは創刊から誠実さや実直さが揺らいでいないからこそ、今も読者のみなさんの信頼が厚いんだと思います。ユーザーが信じてくださっていることが強みなので、その層を広げていくというところに私たちの可能性があると思います。

—情報を発信する側と受け手側との信頼関係がいかに築けるかというところですね。確かに、読者アンケートなどをみても、オレンジページの読者は熱量が高いように感じます。

立石:そうですね。その熱量の源泉はやはり信頼関係にあるのではないかと思います。オレンジページは、今のようにたくさんの料理雑誌やウェブでレシピ情報が簡単に得られなかった時代から、わかりやすくて本当においしくつくれるレシピを次から次へと、時代に合わせて発信してきました。実際にそのレシピを読んでおいしくできるというのを体験してくださった方たちがいて、今でも変わらずにきちんと実証したものを、どんなユーザーにもわかりやすく書き落とす編集力が社内に継承されているからこそ、コアなファンが離れずに買ってくださるんだろうなと思います。一方で、多様な生活者にもっともっと広くオレンジページが発信している情報の確かさや信頼感をお届けするるために雑誌・書籍以外の情報チャネルとして、デジタルメディアとリアルな顧客接点を徹底的に磨き上げ、強化していきます。

ウェルビーイングな生活の根幹にある「食」

—すでに雑誌だけではない取り組みも増えてきているかと思いますが、レシピ以外でユーザーの生活と関係性の深いものへのアプローチについてはいかがでしょうか。

立石:まだまだこれから拡大していかないといけない領域ですが、やはり生活者目線で、生活の役に立ち、生活がより豊かになるような情報を出していくという編集方針をずっと貫いてきた会社なので、そこで培った生活者のニーズを汲む力や、きちんと検証したものを発信する力などを違う形で表現するというところが、雑誌以外の取り組みになってきています。例えば、料理教室やそこから派生した教育事業です。食育としての側面をもった親子イベントなどは、現代の親が何を求めているのかというところから始まりますし、生活者のみなさんが求めるかたちに編集して表現できる会社にしていく、というのが重要だと捉えています。

—オレンジページの強みは、やはりこれまでに培ってきた編集力ということになるのでしょうか。

立石:一言でいえばそこに集約されると思います。もともとは、西洋的な家庭料理を新しいジャンルとして知ってもらったり、日本の食生活を豊かにするということが目的で、家庭料理のレシピを発信する役割として受け入れられてきました。今では同じようなことをやっているメディアはたくさんありますが、当社はパーパスで掲げている通り、「食」がウェルビーイングな未来をつくる手段そのものだと捉えています。

料理というのは家事の一つで毎日のことですが、私は本質的には創造活動だと思っています。「人間がいまも自分の手で続けているのは料理だけ」と料理研究家の土井善晴さんが言っていましたが、材料を調理して食べるのって人間だけなんですよね。食べることは生命活動そのものであり、料理はそれを創造的に行うという活動です。だから、レシピを見て新たな料理がつくれるようになるというのは、日常でできる自己成長だと思うんです。

さらに、つくったものがおいしいかどうかという、自身に直接評価が突きつけられるような活動でもあります。おいしければ、それがまず自分にとって第一の報酬になり、家族や友人に振る舞って喜んでもらえたら、感謝という第二の報酬。最後に、結果的に料理のレパートリーが増えるという自己成長が第三の報酬になるわけです。料理というのは、それくらい複合的に意味のある活動なんだなというのを、オレンジページにきてから思うようになりました。これだけ本質的に幸せを感じられる活動って、日常には他にあまりないんじゃないかなと。

そう思うと、私たちがやっているのは単純にレシピを提供しているということではなく、ウェルビーイングな暮らしにつながる価値のある活動であり、それこそが情報の提供価値なんだろうと思っています。今はレシピでも時短のものや手数をなるべく減らしたものとか、それさえ買えばできる食材キットみたいな便利なものもたくさんありますが、せっかく楽しく自己成長を実感できる機会でもあるので、時にはそういう視点でレシピを見て、新しい料理にチャレンジする人が増えるというのが、ウェルビーイングな社会の一端を担うということではないかと考えています。

料理の価値とこれからのオレンジページ

—立石社長ご自身は、オレンジページにきてから料理に対する取り組み方に変化はありましたか?

立石:私自身は、今のところ年に数回、妻がいないときに料理するくらいなんです。ただ、この会社にきて変わったこともあって、自分が子どもたちに食事を用意しないといけないときに、これまでは休日のお昼だったらお惣菜を買ってきたり外食したりという安易な選択もしていましたが、やっぱりオレンジページの特集を見て、これをつくってみようかなとか、材料が足りなければある食材に置き換えてつくってみたり、というチャレンジをするようになりました。”自己成長だ”と捉えるだけで、「面倒な家事」が「有意義な楽しめる時間」にかわるのを実感しています。

—「食」を、ウェルビーイングを高めていく一つの営みと捉えたときに、料理というのは利便性の追求ではなく、これからすごく大切にしていくべきものということになりますが、今後のオレンジページの展望についてお聞かせください。

立石:料理がウェルビーイングな未来につながっているというのを強く意識して、多様な手法で表現していきたい、というのが大きな方向性としてあります。現状はまだ出版収入が比率としては大きいですが、デジタルコンテンツやイベントプロデュースなどの領域ももっと拡大していきたいです。また、生活支援の価値提供というものが根幹にあるので、食に関連する企業や行政機関などと一緒に、地域活性の分野も手を組んでやっていければと思っています。私たちはメディアですが、リアルな場を持っているというのも他にない強みだと思います。グループのリソースでは駅や車両などもあるので、そうした交通媒体とも組み合わせて新しい商品やサービスをお客さまにお届けすることができます。今後は、食以外でもウェルビーイングな社会を目指す商品やサービスを一緒に広めるなど、幅広い分野でパートナーシップを強めていきたいと考えています。